村岡ウルトラマラソンDNF

100kmマラソンスタート地点。
今となっては何故ここに立っているのかを自問自答する必要は無い。
後は走るだけなのだ。
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まだ雨は上がらない。そう、僕は最強の雨男だ。




b0068891_2042326.jpg仲間は6人。VFFで走る人、ランニングシューズで走る人、そしてビーチサンダルで走ってしまう人。

それぞれの思惑や不安は違うけれども目指すのはただ一つ、それは100km先のゴール。

スタート前、暗い夜道を走るランナーの為にペンライトが配られた。
これは夜道を照らすものではなく、走っている自分の存在をアピールする為のものだ。

午前5時、いよいよスタート。号砲一発、100km先を目指して走り始める。

スタートしてしばらくは街中を走る。あたりは真っ暗だが、既に多くの人が外に出て応援してくれている。

「いってらっしゃい!」「頑張って!」

大会から配られている旗だろうか。手作りの紙製の旗を力強く振ってくれる子供達の姿もある。

「ありがとう!」「行ってきます!」

ほんとうに応援が温かい。村岡はそういうところなのだと改めて実感する。

昨日の夜は随分と楽しいお酒を飲んだが、以外にも足取りは軽い。
暫くすると、後ろから軽やかなリズムで走ってきた、まっちゃんに抜かれた。

「調子どうですか?」「まずまずかな」

気になっていた雨はいつの間にか止んだ。
これから長い戦いになる僕らにとっては少しでも体力を温存しておきたいので、正直、有り難い。

5kmを過ぎて、いよいよ登り。
流石に100kmともなると1分1秒を争うものではないので、いろんなランナーが話しかけてくる。

b0068891_20502654.jpg「何?その靴?足袋みたいだねぇ」
「それで100km走るのぉ〜」


やっぱりVFFは目立つのね。それにしても長い登りだ。もう雲の中を走っている雰囲気。


b0068891_20575611.jpg日が昇り始めてくる頃に、ペンライトは回収され、しばらく走ったところで、今度は鈴を渡される。

これもランナーの存在をアピールするもののようだ。

と、ここでトラブル。最初の下りで心配していた左膝に若干の違和感。こんなに早く症状がでてくるとは。
しかし、それほど痛みがある訳ではないのでなんとか行けそう。ここからは大事に行こう。

次の登りは快調に進む。しかし、その後の下りで完全に膝にきた。何しろ凄い勾配。
膝を庇いながらスピードを押さえて走ったが、少しずつ膝の痛みが増してきた。
もうこうなると下りは痛みとの戦い。かなりスピードを押さえるので、後から来るランナーに次々に抜かれる。

25km程のところでどうにも我慢できなくなり、持ってきたサポータを着けるが、それほど良くはならない。
とにかく下りはダメなのだ。こんなところで諦めたくはない。

とにかく前に進む為に何か考えて、痛くない走り方を探さなければ。

「考えろ!考えろ!」「探せ!探せ!探せ!」

意識をスピードと足裏の着地の感覚、それと地面と体幹の角度、そして膝の痛みに集中させる。
いろんな走り方を試す。すると、着地後に意識して足を伸ばすようにすると痛みが少なくなることが分かった。

「ヨシ!これで行くぜぇ!」

なんとか歩かずに少し走れる程度の状態まで持ってきた。
以外にも、登りはスピードを保てているらしく、下りで抜いていったランナーに追いつく。
まだ、12時間以内でゴールできるペースだ。下りと登りはこのリズムで行こう。

b0068891_2114676.jpg39km地点の第10エイド到着。有名な流しそうめんが有るエイド。
ここで食べておかなきゃ後で後悔する。

時間には余裕があったので、ここで少し休み、しっかり、そうめんと豚汁をいただく。

美味いね。これは回復する。ありがとう!

しかし、その後、登って帰ってくる下りで膝は悲鳴を上げた。
登りやフラットなところならそれほどでもないのだが、大した勾配ではないところも下りというだけでキツい。
次から次へと抜かれる。悔しいけど仕方ない。

何とか43km地点の第1関門を通過。いよいよ、蘇武岳の最高地点を目指す。
登りはまだ行けると思っていたので、次の第2関門は行けるだろうと高をくくったが、これが間違えだった。

この坂はこれまでのものとは比べ物にならないほどの勾配だった。

少なくとも、僕の周辺のランナーは誰一人として走ることができていない。
全員、歩いているのだ。もうこうなるとおしゃべりしているランナーもいない。
近くを歩いていても誰も話しかけないのだ。
静かに、ただひたすら足を前に出すだけ。永遠に続く登り。

歩いてはいるものの、不思議と僕は速く歩けているらしい。
再び、抜かれたランナーを少しずつ抜くことができた。
まだ、間に合う。

b0068891_2161457.jpgしばらくすると、参加者全員を応援するプラカードが現れてきた。
1mほどの間隔で並ぶそのプラカード。勇気が出てきたが、辺りは不気味なほどの静けさが漂う。

一瞬、プラカードがそこで倒れていったランナーの墓標のように思えた。
いかん、いかん、何を考えてんだ俺は!勇気を出せ!まだ間に合う!

どのくらいの時間、登り続けてきたのだろうか。
ふと、前を見ると役員の人が何か声をかけている。

「1km先に関門です。残り10分です!」

歩きだと1kmで残り10分はギリギリだ。走れる勾配では無かったけど走り始めた。
膝に痛みが走ったがここが踏ん張りどころだ。

11時58分、50kmの計測地点を通過。間に合った!

良し!ここからもう一度奮い起こそう。
それまで履いてきたSPRINTに替え、僕は背負ってきたBIKILAに履き替えた。
膝にダメージはあったが、履き替えた感触は悪くなかった。もう一度行けそうだ!

足取りが僅かに軽くなり、少しだけ静かな時間が経過した。
そして、前方から大会役員のバイクが近づいてきた。

「タイムアウトです。下から車が来るので乗ってください。」
とても優しい女性の声だった。

「え?さっきのところが関門じゃないの?」
僕は一瞬、我を疑った。勘違いした。第2関門は1.5km先の頂上だったのだ。

終わってしまった。時計を見た。まだ7時間しか経っていない。
今日は一日、戦うつもりだったのに…。

フルマラソンも参加したことが無いのに村岡まで来た。
流石にそんな状態でウルトラは完走できないと思い、この夏は自宅から奥多摩までの70km走を2回行なった。

でも、村岡はケタが違いすぎた。
ランのコースではなく、舗装された道を行く登山だった。

登りもさることながら、急勾配を下っても故障しない足がなければ完走できない。
そういうコースだった。

最高地点から戻ってくる車の中は、意外に賑やかだった。
東京から参加したことを話すと、皆、労いの言葉をかけてくれた。
共に走ったランナーも皆、温かいハートの持ち主だった。

村岡は、とても高く、とても急で、とても温かいコースだった。


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僕は今回、twitterの繋がりで村岡に挑戦しました。
twitterでは大会前からたくさんの応援をいただきました。
そして、大会会場まで、遠方から足を運び、応援にきてくださった方々も。

応援をいただいた皆様にほんとうに心からお礼を申し上げます。
ありがとう!

そして、大会を運営された役員の方々、ボランティアの方々、沿道で応援してくださった皆様、笑顔でハイタッチしてくれた子供達、すべての人に感謝いたします。
ありがとう!

最後に、村岡に連れてきてくださったハチロクさんに感謝いたします。
あなたは最高のアスリートで、最高に素敵な方です。
ありがとう!

This is #muraoka2010

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by yojige | 2010-10-03 21:48 | Triathlon